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ADSLの基礎の基礎
電話線を使ってデータを送る
ADSLは、電話線を使って高速データ通信を実現しています。とよく言われますが、じゃあ「どうやって」
というのを説明してみます。
電話線とは、音を電気信号に変換したものを伝えるための線です。この電話線を利用してデータを送るには、
データを音と同じ電気信号に変換し、受信側でその音をデータに戻す作業が必要になります。以前データ通信に
使われていた(「今でも使ってる」という人もいるでしょうが)「モデム」は、この作業を行う装置です。
(注1)
コンピュータのデータはご存知のとおり「0」と「1」ですべて表現できます。モデムがそのデータを音声信号に
変換する方法はいくつかありますが、一番単純なのは「1」なら音を出し、「0」なら出さないことで情報を
伝える方法です。
この方法だと、1回に1ビット(注2)の情報しか送れないので、一生懸命送り出しの
回数を上げてもなかなかデータが送れず、結果として「遅い」ということになります。これが従来のアナログ
モデムの原理です。
ADSLの基本原理
ADSLでは、音の「高さ」と「強さ」を利用することで、1回にもっと多くのデータを送ろうとします。
音の「高さ」については、例えばデータの頭からいっぺんに4つずつの音を取り、それぞれに「ド」「ミ」
「ソ」「シ」の音を割り当てることにします。そうすると、例えば「ドソシ」の和音が流れれば「1011」
であることがわかるので、いっぺんに4ビットのデータが送れることになります。
音の「強さ」については、先ほどのドミソシそれぞれに「ff(フォルテシモ:非常に強い)」「f(フォ
ルテ:強い)」「p(ピアノ:弱い)」「pp(ピアニッシモ:非常に弱い)」の4つの強さがあるものとします。
そして、例えばデータの頭からいっぺんに2つの音をとり、それが「00」ならpp、「01」ならp、「10」ならf、
「11」ならffで表すものとします。すると、「ドff・ミp・ソpp・シf」という和音が流れると、「11010010」
であることがわかり、さっきと同じ4つの音階を使って一度に8ビットのデータが送れることになります。
(注3)

つまり、使える音の高さの段階が多いほど、使える音の強さの段階が多いほど、多くのデータを一度に送る
ことができ、結果として高速で通信できるようになります。これがADSLの基本的な原理です。(注4)
部屋とYシャツと距離とノイズと速度
上述の原理からわかるとおり、ADSLの最高速度は利用する音の高さと強さを増やしていけばいくらでも
上げていくことができます。つまり、理論的には最高100MbpsのADSLなんてものも不可能ではないわけです。
ところが、下で説明するようないくつかの要因があるために、必ずしも理論的な速度が出るとは限りません。
これがいわゆる「ベストエフォート」というやつです。
- 距離
電話線は、もともと4kHz以下の音声信号を伝送するために作られたものですから、ADSLのように552kHz(1.5Mサービス
の場合)や1.1MHz(8M/12Mサービスの場合)、さらには2.2MHzとか3.75MHz(16M以上のサービスの場合)といった
高周波を伝送するには無理があります。そのため、距離が長くなるにつれて高い周波数の音から伝送できなくなって
いきます。使える周波数が減っていくと、1回に送れるデータ量が減少しますので、速度が下がっていくことになります。
- ノイズ
ADSLで使っているのと同じ周波数にノイズが入っていると、送信側で「1」を送っても「0」を送っても受信側では音がしている
=「1」と解釈してしまいます。ので、正常にデータを送ることができないことになります。そのため、後述する
トレーニングの際にその周波数は使わない設定にしてしまうことにより、エラーが発生するのを
防止しようとします。
したがって、その分使える周波数が減りますので、速度が下がることになります。代表的なノイズ源としては下記のような
ものがあります。
- AMラジオ
例えば、東京のNHK第一が594kHzなど、AMラジオはADSLで使われているのとほぼ同じ周波数の電波を流しています。そのため、
特に電話局から自宅までの電話線が空中にある(いわゆる「電信柱」)場合、その電波を受信する形になって電話線にノイズ
として乗ることになります。
- 宅内の家電機器
冷蔵庫、テレビ、電子レンジなど、高周波を使ったり大電力を消費するような家電機器がモデムやモデムと接続された電話線
のそばにあると、その家電機器からの電磁波がノイズとしてADSLに入ってきます。特に、最近流行のインバータを使用している
機器は、周波数的にADSLとほぼ同じ帯域のノイズを発生するので影響が大きいようです。また、わかりにくい例としては、
壁の中にある電話線がその壁の前に置かれた家電機器からノイズを拾うこともあります。
- スプリッタを接続せずにつながっている電話等の機器
電話やファックスはもちろん、アナログモデム、BS/CSのペイパービュー管理用電話回線(BS/CS機器に接続する電話線)、
電話線共用タイプのホームテレホン、ガス自動検針器など、電話線に接続する機器がスプリッタを通らずに接続されている
場合にはその機器からのノイズが直接電話線に流れ出して影響します。
SNRマージン(SNR、ノイズマージン)
ADSLが最初に接続するときに、「ADSL」とか「LINK」のランプがチカチカと点滅します。この時間を
「トレーニング」と呼びます。これは何をやっているかというと、周波数(tone)ごとに
信号の強さとノイズの強さをチェックして、その周波数ではどの程度のデータを送ることができるかを確認して
います。(注5)こうやって確認された各周波数ごとのデータ量を合計すると全体と
してのリンク速度が出てくるということになります。

ところが、ノイズというのは時間によって変動します。そうなると、現在のノイズの大きさだけを基準にして
データ量を決定すると、ちょっとノイズが増えただけでエラーが発生することになってしまいます。
これを防ぐために、トレーニングの際にはあらかじめ現在のノイズ量に一定の余裕(=マージン)をプラスして、
それでも大丈夫な周波数しか転送に使わないようにしています。この余裕分をSNRマージン
(SNR (Signal-to-Noise Ratio)、ノイズマージン:単位はdB(デシベル))と呼びます。(注6)

通常の環境においては、下記が目安となるでしょう。
- SNRが4dB未満:不安定になりやすい状態です。SNRが実際にこの値で、なおかつリンクが不安定なようであれば、
帯域調整(通常はISPへ依頼します)して安定化する作業が必要になります。
- SNRが4dB〜8dB程度:標準です。
- SNRが8dBより大きい:SNRをとりすぎで、リンク速度が本来の回線の実力より低くなっています。上述の
帯域調整を依頼した記憶がなければ、1.まずモデムの電源を切って再度電源を入れなおし、トレーニングを
やり直してみてください。(注7) 2.それでもSNRが大きすぎるようであれば、ISPに
設定を確認してください。ただし、8Mや1.5Mサービスでフルリンクしている場合はSNRが10以上あっても正常です。
(速度が上限に達しているので、余裕分がすべてSNRに回っているため)
インターリーブ
実際の電話線に乗っているノイズは種々雑多で変動も大きいので、SNRマージンだけで完全にエラーを無くそうとすると
20dBくらいSNRを取らなくてはならず、そうなるとリンク速度が非常に低いものになってしまいます。
そのため、ある程度エラーは発生することを前提に、エラーが発生しても受信側で元のデータに復元できるように
する技術(リード・ソロモン符号化)がADSLには導入されています。モデムの「回線状態」表示で、エラーの数が
「CRC」「FEC」などと分類されている場合がありますが、
- FEC:ADSL転送としてはエラーになったが、元のデータに復元できたもの
- CRC:元のデータに復元できなかったもの
という意味です。(注8)
ただし、リード・ソロモンを使えばどんなエラーでも復元可能というわけではなく、1シンボル(リード・ソロモン
符号化で使われるデータの単位)の中の一部分だけがエラーになっている状態であれば復元できますが、まるまる全体が
エラーになっているような場合には復元できません(まあ、当然ですけど)。それに対して、ノイズというもの
は時間の幅を持って発生しますので、単純にデータを送った場合には特定のシンボルがまるまるエラーになって
しまって、結局復元不可能ということが多くなります。
その状況に対処するためにインターリーブということが行われます。これは、あらかじめデータを並べ替えて送信し、
受信側で再度元に戻すことで、1つのシンボルにまるまる影響するようなエラーをいくつかのシンボルの一部分だけ
に影響するように再構成し、リード・ソロモン符号化によってエラー訂正できるようにしてしまうことです。

このインターリーブを行う場合、並べ替えるデータの数が多いほどエラー分散の能力が上がり、エラー(ノイズ)の
訂正能力が上がりますが、インターリーブしたデータを元のデータに並べ替えるまでに時間がかかりますので遅延
(latency)が発生し、そのために実効速度が低下することになります。(注9)

ADSLが安定しないとき
そういうわけで、ADSLリンクが安定しない場合にできることは、SNRマージンを上げるかインターリーブを長くするか
ということになります。両方とも実効速度が低下することになりますが、ある意味で初期設定で不安定だった時の
リンク速度と実効速度が「背伸びしすぎ」とも言えるわけで、帯域調整後の速度がその回線の実力ということです。
ADSLという技術が魔法ではない以上、ある意味で仕方ないこととあきらめるしかないでしょう。
- 注1:
- 「モデム(modem)」という言葉自体、もともと「modular-demodular」、つまり
「変調(音を電気信号に変換する)=復調(電気信号を元に戻す)器」の略語です
- 注2:
- ビットとは情報量の単位で、「0」か「1」かどちらなのかを決定できるとき、
「1ビットの情報がある」と言います
- 注3:
- この説明は本当はウソです。実際には、ADSLの各トーンでは、音の強さ(振幅)
と波形の両方で情報を決定するQAM変調でデータを伝送します。まあ、イメージってことで勘弁してください。
- 注4:
- 例えば、8M/12Mサービス(G.dmt)規格では、音の高さを256トーンに分けて、
それを32トーン(上り)と224トーン(下り)に割り当てています。そんで、1トーンあたり15ビット、1秒に
4000回送信しています(これを4000ボー(baud)と呼びます)ので、ADSL本体の理論上の下り最大速度は
224×15×4000=13,440,000bps=12.8Mbpsとなります。
ADSL本体は13Mが可能なのにどうして今まで「8Mサービス」が主流だったか、についてはs=1/2
の項目を参照してください。
- 注5:
- これが「DMT(Discrete Multitone)方式」です。
- 注6:
- SNRマージンは、通常、モデムのメニュー画面の「回線状態」などで確認が可能です
(確認できないモデムもあります)。なお、「Signal-to-Noise Ratio」だけで「信号とノイズの大きさの比」と
いうことなので、「SNRマージン」だと馬から落ちて落馬している気がしますが、まあ言葉の意味を明確化している
ということでしょう。
- 注7:
- なお、トレーニングは最初にADSLリンクを確立するときにしか行われません。その後、
ノイズが入ってきた場合には、下記のような流れになります。
- ノイズが入ってくることによってエラーが多発するようになります。
↓
- モデムとDSLAMは、まずできるだけリンクを維持しながら、リンク速度を下げてSNRマージンを確保し、
エラーを減らそうとします。
↓
- それでもエラーが減らない場合、いったんリンクを切断してトレーニングをやりなおし、再度各周波数の
ノイズ状況を見ながらリンク速度を決定します。
リンクを維持している間は、ノイズに対処して速度が落ちることはあっても、ノイズがなくなったから速度を
元に戻そう、ということは行いません。したがって、ノイズの変動が激しい環境で長時間ADSLをつなぎっぱなしに
していると、速度がどんどん下がってしまう可能性があります。
この対処としては、再度電源をoff/onして再トレーニングするしかありません。(ちなみに、
ADSL2だとノイズがなくなって速度を元に戻す機能が入ってきますが、
まだ実用化されていません)
- 注8:
- したがって、実質的に問題になるのはCRCエラーの方で、FECエラーはそれほど気にしなくても大丈夫(極論
ですが)ということになります。
- 注9:
- ちょっと考えると、遅延が発生しても最初にデータが流れ出すまでに時間がかかる
だけで、全体としての実効速度はほとんど低下しないような気がします。しかし、実際にはTCP/IPのデータ転送が
RWIN分転送→確認(ACK)→次のRWIN分転送→確認(ACK)ということを繰り返すために、遅延による全体の実効速度への
影響は大きなものになります。
詳しくはこちら。また、マニアックなことを言えば、オンラインゲームなどで
ミリセカンド単位の遅延を気にするゲーマーの方は、SNRマージンを大量に取ってリンク速度を低下させてでも
インターリーブの方を小さくした方がいいということになりますが、そこまで細かく対処してくれるISP/ADSL業者と
いうのもなかなかいないでしょう。
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